オランダでネット上で読んでいる日本の新聞(東京新聞と朝日新聞)にこのところ、日本の学校教師による教え子に対する性的嫌がらせの記事が変に目につき、特にオランダ贔屓でもありませんが、こちらの新聞ではこういうことはごくごく稀にしか出てこないように思います。
『教師の 学校内「わいせつ犯罪」が一向になくならない理由』というネット上で見つけた記事は
<224人。これは2015年度にわいせつ行為で処分を受けた公立小中高校の教員数(文部科学省調べ)だ。このうち懲戒免職者数は118人。1990年代と比べ、同行為で処分を受ける教員の数は目立って増えている。>
で始まっています。これは公立小中高校だけに関する数字ですから、私立学校、高等教育機関、各種学校まで入れたら、数はもっと増えることでしょう。しかも、これは被害者が公に訴えた場合のことで、泣き寝入りになったケースを考慮に入れたら、氷山の一角に過ぎないでしょう。
伝統的な日本社会の、儒教的倫理を背景に考えますと、これはどういうことだろう、祖国はどこまで下り坂を駆け下りていくのだろう、と身の毛がよだちます。私の育った鹿児島県の片田舎では、学校先生は村全体の尊敬を一身に集めている存在でした。
しばらく前に、ネット上で、偶然に、台湾の小学校の卒業式で「仰げば尊し」を歌っている画像が出てきました。卒業生の中には涙ぐんでいるものも少なくなく、生徒たちの間を回って肩を抱きしめる教師の手にもハンカチが握られていました。1895年に台湾が日本の植民地になってから、日本が持ち込んだ習慣なのでしょうが、これも中国系の台湾と日本が共有する文化的遺産の一部なのでしょう。ユーチューブを観ながら、私も涙をこらえるのに苦労しました。
最近の日本の学校の卒業式では「仰げば尊しは」だんだんと歌われなくなっているとか聞きましたが、それは歌詞が今の生徒たちには難渋でついていけない、ということだけでなく、先生から嫌なことをされて、この歌はとても歌う気になれない、という生徒が増えていてもおかしくない、と危惧します。実に情けない限りです。
上に引用したネットの記事は以下のサイトで全文が読めます。
https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/教師の 学校内「わいせつ犯罪」が一向になくならない理由/ar-BBCjSzE
2017年6月28日水曜日
2017年6月18日日曜日
イエスの目線
2010年に北ボルネオのコタキナバルのサバ神学校で新約聖書のギリシャ語初級を5週間教えさせてもらいました。学生は中国語系とマレー語系と半々でした。彼らの中にはこの必修科目をかなりの負担に感じている学生がいることが感じられ、なんとかしてやる気を起こすように心がける必要を痛感しました。ギリシャ語の冠詞を学んでいたとき、「君たちは中学で英語をやったとき、どういう場合にthe bookと言い、どういう場合にa bookと言うのかを覚えるのにすごく苦労したはずだ。君たちの母国語のどちらにも冠詞はない。ところが、ギリシャ語には定冠詞に24もの形があって、英語だったらみんなtheで訳せるんだから、本当に同情に耐えない」と言い、ルカ伝15章の有名な「放蕩息子の譬え」の購読の時間に、我が子の帰宅を待ち侘びていた父親がある日、息子が戻ってきたのに気付き、「可哀想に思って」、まだ遠くにいたのに駆け出していって、抱きかかえて接吻した、と20節に書いてあるけど、「可哀想に思って」と訳されているギリシャ語の原語は「断腸の念に駆られて」としたほうがもっといいと思う、と「断腸之念」と黒板に書いて、漢語のこの表現は紀元3世紀、古代中国の桓温(カンオン)があるとき従者を連れて旅に出、森の中を通っているとき、従者が樹の間に子猿を見つけたので、長旅の慰みにと思って捕まえて連れて歩いた。ところが、その母猿が二人に見え隠れしながら後を追い、飲まず食わずで百里余りも行ったところで疲労困憊、路上に倒れて死んだのだけど、物音に気付いた従者が引き返して猿の腹を切り裂いてみたところ、我が子のことを憂い、念ずる母親の腸は全部細かくちぎれていた、という故事に基づくものらしい、と話したところ、中国系の学生は、「先生、この話をギリシャ語で読むことでそんなに深く味わえるんだったら、24の定冠詞の形も覚えるのは苦になりません」、と言いました。
今朝祈りの時間に私はルカ7章に出ている短い話を読んだんですけど、イエス•キリストがガリラヤのナインという町を通られたとき、ある寡婦が一人息子に死なれて、その埋葬のために村の人たちと一緒に墓地へトボトボ歩いて行くのに出くわされ、「可哀想に思って」、「もう泣かなくともいいよ」と言って、息子を生き返らせてやられた、という話ですけど、そこでも、放蕩息子の譬えの場合と同じギリシャ語が使われています。そして、今朝初めて気がついたのですけど、スプランフニゾマイというこの動詞は新約聖書で合計12回出て来て、放蕩息子の譬えの場合以外は、いずれも、なにか痛ましい場面に出くわされたときイエス•キリストご自身がどう感じられたかを表現するのに使われています。たいていの場合はそばにいた人たちが受けた印象を表現していますが、一度はイエスご自身がその言葉を口にされたことになっています。自分の話を、三日間もろくすっぽ食事もせずに熱心に聞いてくれている群衆を見て、「私は断腸の思いに駆られる」と言われた(マタイ15:23)というのです。放蕩息子の譬えを語りながら、イエスはその父親と気持ちが重なられたのではないでしょうか。
2017年6月4日日曜日
衣食足りて礼節を知る
最近オランダの知人夫妻と雑談をしているとき、私たちの人生、特にいわゆる先進国、福祉国家における物欲のことに話が弾んだ。私たちは物質的にどこまで豊かになれば本当に満足できるのだろうか?私たちの物欲、貪欲には終わりがないのではないか、と思えてならない。これは、個人の人生だけでなく、団体、企業、国家についても言える。企業は毎年純益を前年比で増やしていないと、破産が目前に迫っているような錯覚に陥る。個人でも、年間収入の伸びが停滞すると、目の色を変える。子供が成長し、学費も嵩むようになれば、出費も確かに増えるから、収入は増えたほうが安心かもしれない。でも、子供も学校を終わり、社会人になり、親は退職していたらどうだろうか?使徒パウロが云ったように「食べ物と住むところがあればそれで私たちは十分としたい」(第一テモテ6:8)という人生観に根本的な欠陥があるのだろうか?私たち夫婦ももう年金生活者になって14年になる。三人の子供達もとっくに巣立って経済的には完全に独立しており、私たちからの仕送りは必要としない。また、彼らから仕送りをしてもらう必要もない。拙宅の居間兼客間に足を踏み入れられた方には一目瞭然のように、別に取り立てて言うような家具も、備品も、調度品も置いてない。もう十五、六年前に空き巣に入られた。この辺りは閑静な住宅地ということになっているので、今でも空き巣に狙われることは珍しくないらしい。しかし、私たちはその後、ただの一度も空き巣の被害には遭っていない。別に新しく、頑丈な錠を取り付けたわけでもない。家中探し回って、引き出しを開けっ放しにしてあったけど、めぼしいものが何も見つからずに、がっかりしたのか、この家に入っても時間の無駄だ、と思われたのかもしれない。それでも、私たち夫婦は、日常生活の中で惨めに思ったことはただの一度もない。医療保険料、光熱費、最低限の生活費も、多少ある預金にやたらと手を突っ込まなくとも払える、贅沢はできないし、別にしたいと思わない、それでも心身ともにまだ比較的健全で、読書、思索、私は研究も順調に続けられることを私たちの神様にただ感謝する以外ない。
戦後の祖国の全体的な姿勢は、物質的、経済的な復興に焦点が合わされ、精神的な、内面的な豊かさが犠牲にされてきたのではないだろうか。戦後処理、日本の軍国主義、侵略主義の犠牲になったアジア諸国との問題のきちんとした整理が、戦後72年経てもいまだにほとんど手付かずになっていて、国民の大多数が経済成長を最大の目標に掲げる政党を支持し続けているのも、このような視点から見るべきなのではないだろうか。何を食べ、何を飲み、何を着ようか、と心を煩わせないように、とイエス•キリストは教えられたけど、イエスは、ホームレスの人、着るものもろくすっぽなくて、真冬に公園でガタガタ震えながら、睡眠も取れない、というような人たちに向けてこの教えを説かれたのではなく、日本の現在の大多数の、中産階級に向けて語られたのではないだろうか。毎年、短期間帰郷したとき、日本のテレビのスイッチを入れると、料理番組がどのチャンネルでもあまりに多すぎてヘドが出る。
2017年5月14日日曜日
台湾の慰安婦たち
2009年と2015年に教えさせてもらった台北市の中華福音神学院から今年dvd版で出た映画で「50年間隠されていた秘密」(1998)と「葦の歌」(2015)を贈呈され、桂子二人で観ました。以下は、中華福音神学院に英語で出した礼状の和訳です。
ご親切にお送り下さったDVDを家内とわたくしは観させていただきました。私が貴神学校で最初に教えさせてもらった時、ある日私たちは一人のご高齢の犠牲者をご自宅に訪ねました。その方は最初の映画には登場されますが、別のにはお姿が見えません。他の多くの女性たちと同じく、彼女もその後、他界されたのかもしれません。慰安婦であったことを公式に認定されていた方は五十九人あったそうですが、今はもう二人しか存命しておられないようです。この映画を作成した台北市の婦女救援社會福祉事業基金會の職員の方でしょうが、映画の中で、少なくとも千人は台湾人女性の犠牲者があったに違いない、と言われますから、圧倒的大多数の方は、いろんな理由があったでしょうが、黙して語らず、一人で寂しく苦しみ、その辛い記憶を胸に物故されたのでしょう。私たちの戦争世代の同胞がこの無辜の、全く無防備の女性たちにこういうことをしたということを日本人として真に慚愧に堪えません。のみならず、戦後の日本がこの歴史を直視しようとせず、謝罪もせず、しかるべき補償もせずに今日に至っていることをどんなに私共が恥じているかは言葉では表現できません。最初の映画の中で、老齢のご婦人が家族の墓地にお参りし、もう鬼籍に入っておられる母上に向かって自分の過去を告白される場面は正視できませんでした。その後クリスチャンになられたという別の女性が、クリスチャンとして加害者を赦すべきであることは頭ではわかっているけど、それを実行するだけの勇気がない、と正直に告白されるのは聞いていていたたまれないくらい辛いでした。
不当に加えられた危害や損失は、加害者のみならず、被害者も、歴史から、記憶から消してはならない、というのがわたくしたちの基本的な立場ですので、上記の基金會の尽力によって昨年12月台北市に慰安婦博物館が開館したのは誠に慶賀すべきことと思われます。これは自分の辛い過去を公にされたこの少数の女性たちの勇気の表現であり、現在の台湾の指導層と彼らを支持する国民が日本政府に対して謝罪と保障の要求を突きつけているのです。他の幾つかのアジア諸国と違って、台湾には、日本に対して好意的な姿勢をとる層もかなり広いので、この博物館の建設を台湾政府が支持したことは現政府には少なからぬ勇気を要したことでしょう。あと10年もすれば、自分の過去を一般に知られていようが知られていまいが、犠牲者たちの誰一人として生きてはおられないことでしょう。しかし、そのときになっても、日本政府は彼女たちの現在の同胞に対して謝罪し、しかるべき補償をすることはできるのですから、わたくしたちは、「ああ、これでせいせいした」などと思うことは許されません。そのような生物学的問題解決は聖書の教えに照らしても受け入れられませんし、人間の尊厳に対する冒涜という一般的な観点からも受け入れられません。わたくしたち日本人は、いつの日か、全人類の審判者の前に立たされ、その傍らにはかつての台湾人慰安婦たちも座っておられるところで、有罪判決を宣告され、永久に消えることのない火の中へ放り込まれるのだろう、と思うと肌身が寒くなるどころではありません。
しかし、家内と私は、あまりにも暗い現代日本史のこの頁を決して見失わないように決意していますし、また、できるだけ多くの同胞が同じような姿勢をとり、何らかの行動を起こしてくださるようできるだけのことをしていきます。
2番目の映画の題を見たとき、「傷つけられた葦」という聖書の表現がすぐ頭に浮かびましたが、映画の最後の場面で、イザヤ書42:3「彼は傷つけられた葦を折り、消えかかっている蝋燭の芯を揉み消すような人ではない」が引用されて出てきました。そして、2014年に私がオランダ語から和訳して新教出版社から出版してもらった「折られた花:日本軍『慰安婦』とされたオランダ人女性たちの声」をも思い出しました。太平洋戦争中少なくとも百人のオランダ国籍の女性たちがインドネシアで犠牲になったことは歴史の事実です。
このDVDを私どもに届けてくださったことを心より感謝申し上げます。
村岡崇光
村岡桂子
付記
DVDに添付してあった説明書が中英二ヶ国語版で、日本語の訳がなかったのが遺憾です。
ご親切にお送り下さったDVDを家内とわたくしは観させていただきました。私が貴神学校で最初に教えさせてもらった時、ある日私たちは一人のご高齢の犠牲者をご自宅に訪ねました。その方は最初の映画には登場されますが、別のにはお姿が見えません。他の多くの女性たちと同じく、彼女もその後、他界されたのかもしれません。慰安婦であったことを公式に認定されていた方は五十九人あったそうですが、今はもう二人しか存命しておられないようです。この映画を作成した台北市の婦女救援社會福祉事業基金會の職員の方でしょうが、映画の中で、少なくとも千人は台湾人女性の犠牲者があったに違いない、と言われますから、圧倒的大多数の方は、いろんな理由があったでしょうが、黙して語らず、一人で寂しく苦しみ、その辛い記憶を胸に物故されたのでしょう。私たちの戦争世代の同胞がこの無辜の、全く無防備の女性たちにこういうことをしたということを日本人として真に慚愧に堪えません。のみならず、戦後の日本がこの歴史を直視しようとせず、謝罪もせず、しかるべき補償もせずに今日に至っていることをどんなに私共が恥じているかは言葉では表現できません。最初の映画の中で、老齢のご婦人が家族の墓地にお参りし、もう鬼籍に入っておられる母上に向かって自分の過去を告白される場面は正視できませんでした。その後クリスチャンになられたという別の女性が、クリスチャンとして加害者を赦すべきであることは頭ではわかっているけど、それを実行するだけの勇気がない、と正直に告白されるのは聞いていていたたまれないくらい辛いでした。
不当に加えられた危害や損失は、加害者のみならず、被害者も、歴史から、記憶から消してはならない、というのがわたくしたちの基本的な立場ですので、上記の基金會の尽力によって昨年12月台北市に慰安婦博物館が開館したのは誠に慶賀すべきことと思われます。これは自分の辛い過去を公にされたこの少数の女性たちの勇気の表現であり、現在の台湾の指導層と彼らを支持する国民が日本政府に対して謝罪と保障の要求を突きつけているのです。他の幾つかのアジア諸国と違って、台湾には、日本に対して好意的な姿勢をとる層もかなり広いので、この博物館の建設を台湾政府が支持したことは現政府には少なからぬ勇気を要したことでしょう。あと10年もすれば、自分の過去を一般に知られていようが知られていまいが、犠牲者たちの誰一人として生きてはおられないことでしょう。しかし、そのときになっても、日本政府は彼女たちの現在の同胞に対して謝罪し、しかるべき補償をすることはできるのですから、わたくしたちは、「ああ、これでせいせいした」などと思うことは許されません。そのような生物学的問題解決は聖書の教えに照らしても受け入れられませんし、人間の尊厳に対する冒涜という一般的な観点からも受け入れられません。わたくしたち日本人は、いつの日か、全人類の審判者の前に立たされ、その傍らにはかつての台湾人慰安婦たちも座っておられるところで、有罪判決を宣告され、永久に消えることのない火の中へ放り込まれるのだろう、と思うと肌身が寒くなるどころではありません。
しかし、家内と私は、あまりにも暗い現代日本史のこの頁を決して見失わないように決意していますし、また、できるだけ多くの同胞が同じような姿勢をとり、何らかの行動を起こしてくださるようできるだけのことをしていきます。
2番目の映画の題を見たとき、「傷つけられた葦」という聖書の表現がすぐ頭に浮かびましたが、映画の最後の場面で、イザヤ書42:3「彼は傷つけられた葦を折り、消えかかっている蝋燭の芯を揉み消すような人ではない」が引用されて出てきました。そして、2014年に私がオランダ語から和訳して新教出版社から出版してもらった「折られた花:日本軍『慰安婦』とされたオランダ人女性たちの声」をも思い出しました。太平洋戦争中少なくとも百人のオランダ国籍の女性たちがインドネシアで犠牲になったことは歴史の事実です。
このDVDを私どもに届けてくださったことを心より感謝申し上げます。
村岡崇光
村岡桂子
付記
DVDに添付してあった説明書が中英二ヶ国語版で、日本語の訳がなかったのが遺憾です。
2017年4月16日日曜日
慰安婦問題:安倍内閣いつになったら分かるのか?
今朝の東京新聞の電子版の以下の報道には呆れて物が言えないです。
慰安婦「連行」文書など提出 内閣官房へ公文書館 新たに19件182点
2017年4月17日 夕刊
記録に書かれた慰安婦に関する記述の部分
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旧日本軍の慰安婦問題で、国立公文書館が新たに関連する公文書十九件百八十二点を内閣官房に提出したことが分かった。専門家は「軍の関与と強制連行を示す記述が随所にある」と指摘。一方、内閣官房は取材に「強制連行を示す記述は見当たらないという政府認識は変わらない」としている。
十九件は、法務省がまとめた戦後の東京裁判やBC級戦犯裁判の記録。このうち「バタビア裁判25号事件」資料には、日本海軍のインドネシアの特別警察隊元隊長が戦後、法務省関係者に「二百人くらいの婦女を慰安婦として奥山部隊の命によりバリ島に連れ込んだ」と証言した記述があった。「ポンチャナック裁判13号事件」の判決文には「多数の婦女が乱暴な手段で脅迫され強制させられた」との内容が書かれていた。
十九件は法務省から一九九九年度に公文書館へ移管されていた。市民団体から「慰安婦問題の政府調査に必要な文書では」との指摘を受けた法務省は、内閣官房に報告するのが妥当と判断。公文書館が今年二月、コピーを内閣官房に提出した。
公文書館で十九件の大半を見つけた関東学院大の林博史教授(近現代史)は「軍が強制的に慰安婦にしたことを明確に示している」と述べた。
内閣官房副長官補室の鳥井陽一参事官は「軍人が売春を強要したとして有罪判決を受けたことは認識している」とした一方、「個別の資料の評価はしていない。全体として見ると、強制連行を直接示すような記述は見当たらない」と話した。
安倍政権は軍の関与と強制性を認めた九三年の河野洋平官房長官談話を踏襲する一方、二〇〇七年には「河野談話までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲による強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」との政府答弁書を決定している。
2015年末の日韓合意はなんだったんでしょう?日本軍の兵隊さんを慰安するためにご協力くださりありがとうございました、という謝礼であって、謝罪ではないと言うつもりなんですかね?安倍第一次内閣の時、強制性を示す証拠はない、と失言して国の内外からこっぴどく批判され、その後、失言を撤回したのではなかったですか?前世紀の歴史についてだけでなく、自分たちの政権の最近の歴史にも無知とは全くお話になりませんね。
2017年3月12日日曜日
日本を愛するキリスト者の会
数日前に日本を愛するキリスト者の会という団体から4月22日に大阪で開かれる講演会の案内がメールで舞い込みました。私はこの団体の存在は知っていましたが、会員でもなく、以前、団体の趣旨についてメールで問い合わせたので私の宛名が向こうに残っているのかもしれません。
講演者の一人、黒田禎一郎牧師は前世紀の90年代にオランダの日本語教会がヨーロッパの日本人クリスチャンのための夏の集いを主催した時に講師の一人でした。今回の演題は「日本人よ、自信を持ちなさい」です。団体の趣旨からして、講演の中身もおおよそ見当がつきます。この団体は、戦後の日本の教会は前世紀の日本がやった悪いことだけを強調する、自虐史観に影響されすぎているが、日本の歴史、日本人には良い面もたくさんある、それは日本が神様に愛されているからだ、と主張します。私も日本文化や日本の近代史に優れたところがあることは認めます。しかし、日本の歴史の負の部分も認めるのだったら、それを正直に、誠実に、勇気をもって正視することなしに、つまり神の前に罪をきちんと処理することなしに、「キリスト者の会」を名乗ることができるのでしょうか?内村鑑三のように、二つのJ、つまりJesusとJapanを愛する日本人クリスチャンになりたいものです。
もう一人の講演者久保有政牧師の演題は「聖書の人種平等の教えを実現させた日本」です。この分野においても、日本は諸手を挙げて世界に誇ることはできません。聖書が日本人に知られるようになった近代において日本は国内でも国外でも人種差別をしてきたことは誰しも否定できません。クリスチャンではありませんでしたが、聖書の思想には無縁ではなかった文豪島崎藤村の「破戒」が部落差別を背景にしていることは周知のところです。関東大震災の時に単なるデマに扇動されて日本にいた朝鮮人や中国人を殴り殺したのも人種差別が根底にあったでしょう。戦前は朝鮮人は「半島人」として、中国人は「支那んチャンコロ」として軽蔑されました。15年にわたる日中戦争の間に日本が中国で重ねた悪行も日本人が中国人を神の前に平等な人種だと認めていたら起こり得なかったでしょう。
いまだに「ヘイトスピーチ」なるものが日本ではまかり通っているのではないでしょうか。人種差別以外の何物でもありません。
過去数年、鹿児島の郷里に戻ると、必ず、中学時代の英語の先生にお会いすることにしています。先月も90歳になられた先生にお会いしてきました。先生は私の郷里の中学校が初任地で、何年か務められた後、昇任の話が持ち上がり、そのためには別な学校に転勤しなければならない、ということでした。しかし、先生は私の郷里の部落民たちと親しい交流をしておられ、彼らから、転勤はしないでください、と懇請され、平教員として定年退職を迎えられました。最後の審判の時、「私たちがいつ先生にそんな親切をしてあげましたでしょうか』と訝る信徒たちに対して、「どうでもいいような、下積みのこの人たちに対して君たちがしてやったことは私に対してしてくれたのと同じなのだ」と教えられたイエス様のことを思い出します。郷里の英語の先生は聖書は少しはご存知でしょうが、クリスチャンではありません。
12.03.2017
講演者の一人、黒田禎一郎牧師は前世紀の90年代にオランダの日本語教会がヨーロッパの日本人クリスチャンのための夏の集いを主催した時に講師の一人でした。今回の演題は「日本人よ、自信を持ちなさい」です。団体の趣旨からして、講演の中身もおおよそ見当がつきます。この団体は、戦後の日本の教会は前世紀の日本がやった悪いことだけを強調する、自虐史観に影響されすぎているが、日本の歴史、日本人には良い面もたくさんある、それは日本が神様に愛されているからだ、と主張します。私も日本文化や日本の近代史に優れたところがあることは認めます。しかし、日本の歴史の負の部分も認めるのだったら、それを正直に、誠実に、勇気をもって正視することなしに、つまり神の前に罪をきちんと処理することなしに、「キリスト者の会」を名乗ることができるのでしょうか?内村鑑三のように、二つのJ、つまりJesusとJapanを愛する日本人クリスチャンになりたいものです。
もう一人の講演者久保有政牧師の演題は「聖書の人種平等の教えを実現させた日本」です。この分野においても、日本は諸手を挙げて世界に誇ることはできません。聖書が日本人に知られるようになった近代において日本は国内でも国外でも人種差別をしてきたことは誰しも否定できません。クリスチャンではありませんでしたが、聖書の思想には無縁ではなかった文豪島崎藤村の「破戒」が部落差別を背景にしていることは周知のところです。関東大震災の時に単なるデマに扇動されて日本にいた朝鮮人や中国人を殴り殺したのも人種差別が根底にあったでしょう。戦前は朝鮮人は「半島人」として、中国人は「支那んチャンコロ」として軽蔑されました。15年にわたる日中戦争の間に日本が中国で重ねた悪行も日本人が中国人を神の前に平等な人種だと認めていたら起こり得なかったでしょう。
いまだに「ヘイトスピーチ」なるものが日本ではまかり通っているのではないでしょうか。人種差別以外の何物でもありません。
過去数年、鹿児島の郷里に戻ると、必ず、中学時代の英語の先生にお会いすることにしています。先月も90歳になられた先生にお会いしてきました。先生は私の郷里の中学校が初任地で、何年か務められた後、昇任の話が持ち上がり、そのためには別な学校に転勤しなければならない、ということでした。しかし、先生は私の郷里の部落民たちと親しい交流をしておられ、彼らから、転勤はしないでください、と懇請され、平教員として定年退職を迎えられました。最後の審判の時、「私たちがいつ先生にそんな親切をしてあげましたでしょうか』と訝る信徒たちに対して、「どうでもいいような、下積みのこの人たちに対して君たちがしてやったことは私に対してしてくれたのと同じなのだ」と教えられたイエス様のことを思い出します。郷里の英語の先生は聖書は少しはご存知でしょうが、クリスチャンではありません。
12.03.2017
無責任体制
最近九州の郷里に短期間滞在した時、ある日そこの薬屋に入ったところ人目につくところに以下のようなものが印刷して張り出してありました。
仏様のことば
お前はお前でちょう度良い
顔も体も名前も姓も
お前にそれは丁度よい
貧も富も親も子も
息子の嫁もその孫も
それはお前に丁度よい
幸も不幸も喜びも
悲しみさえも丁度よい
歩いたお前の人生は
悪くもなければ良くもない
お前にとって丁度よい
地獄へ行こうと極楽へ行こうと
行ったところが丁度良い
うぬぼれる要もなく卑下する要もない
上もなければ下もない
死ぬ月日さえも丁度よい
これだと私たちは自分の言動に対して一切責任を問われることはない。私たちの言動が正しいか、間違っているかも問題にする必要はない。私は仏教については詳しく知りませんから、仏典のどこかにこういう思想が語られているのかは知りません。この貼り紙がいつ頃から張り出してあったのかは知りませんが、見て読んだ客もなんとも思わなかったのでしょうか。恐ろしい世界です。
12/03/2017
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